2026.02.02
都立国立
息子は、中3に上がる直前の3月、キャラベルに入れていただきました。
息子は中学受験の経験もなく、ランドセルを置いたらその足で遊びに行って、練馬区の夕焼け小焼けお帰りチャイムが鳴るまでに家に帰ってくることはまずないような小学生でした。中学生になってからは、そこに野球部の部活と塾が加わったぐらいで、その生活スタイルはほとんど変わりませんでした。中2までは大手の塾に通ってはいましたが、定期テストにしても塾のテストにしても、試験前だけちょこっと表面的に勉強する程度で、家での学習はほとんどやっていませんでした。本人も私も「高校受験を本気で考えるなら、このままじゃいけないのではないか…」と薄々感じていた頃でした。
キャラベルのブログは、2つ上の長男の高校受験の頃から読ませていただいており、こんなスペシャリストな先生に教えていただいたらどんな高校受験ができるのだろうと興味を持っていました。そこで、思い切ってFAXを送って面談していただき、入塾を許可していただきました。
キャラベルを初めて訪れた日、イメージとしてはパンチパーマのいかつい風貌の先生がドアの向こうから出てくるのを想像していましたら、優しいトーンでお話になるディーンフジオカが目の前に現れたので、内心大変驚いたのを覚えております。(お坊ちゃん、パパにそっくりですね!)
キャラベルに入ってからの一年間の印象は、「すべて石崎先生のおっしゃる通りになった」の一言に尽きます。
今回の受験でのターニングポイントは、息子も書いていたように、早大学院を受験することを決めたあたりだったように思います。あくまで都立第一志望であることは最初から揺るぎませんでしたが、秋頃にWもぎの偏差値が安定して70を超えるようになったので、早大学院にもチャレンジすることを決めました。しかし、過去問を解いてもなかなか目標とする合計6割に達しないし、試しに11月に初めて受けてみた駿台模試は3科偏差値52と散々な結果でした。都立と二兎を追って一兎をも得ずになるのではないか、私立は安全圏の学校に変更してその合格をもって都立に臨んだ方がメンタル的にもいいのではないかという不安に駆られ、年明け石崎先生にご相談しました。すると、先生は「私の子供だったら、このままチャレンジさせます」とおっしゃいました。「この学校の入試を受けるレベルまで学力を磨いて入試当日門をくぐれたことを僕だったら褒めます。もし落ちたとしてもそれまでの勉強が都立受験に不利になることはないですし、駿台模試の結果も気にしなくてよいです」と。この言葉に背中を押され、予定通り早大学院を受験することになりました。
早大学院入試の当日は、「数学でやっちまったー!」と頭を抱えて帰宅した本人。先生に「まず間違いなく落ちてると思います」とご報告したところ、先生は「いや、早慶レベルの私立高校や、中学受験、大学受験ではよくあることですが、『ダメだった!』という感触の時ほど実は受かってたという場合が多いです(※)」とおっしゃいました。結果的に先生のおっしゃった通り合格にこぎつけることができました。
※塾長注 これには1つ条件があり、彼の場合はその条件を満たしていたので、そのように判断しました。
上の子の高校でも、難関私立に向けた勉強もした上で都立に来られている子は実力があるようなので、早大学院に向けて勉強した経験は高校でもきっと役に立つと思っています。早大学院の受験科目である小論文の添削も石崎先生に丁寧にみていただきましたが、一年間キャラベルで学習を積む内にいつの間にか作文力も上がっていたようで、当日ボーダーで滑り込んだであろう合格の決め手は小論文だったのではないかと私は密かに思っています。
(あと他に考えられるとすれば、我が家の場合も初詣の大吉おみくじです(笑)。と言っても、チキンな息子は、今年の初詣で「凶とか出た日にゃ立ち直れん」と自分ではおみくじを引けませんでした。それを聞いた博多に住む豪快な祖母が「太宰府天満宮で◯君のために大吉出るまで引いてやったよー!」と送ってきてくれた曰くつきのものです。何回目で出たのかは内緒だそうですが(笑)。)
キャラベルには、近隣の中学から通うお子さんからうちのように電車で通う子まで色んな中学から集まっているので、定期試験や行事の時期がずれ、先生はスケジュール調整に苦心されたことと思います。定期試験前には塾での自習や自宅学習可な日も組み込まれています。最初は、自習でなく授業をしてほしいと思ったこともありましたが、これも結果的には、その時期は定期試験対策に真剣に余念無く取り組んだのがよかったのか、我が家の場合内申点の大幅アップ(中2一学期34、中2二学期36→キャラベル入塾後中3一学期42)に繋がりましたので、先生の計算し尽くされたカリキュラム構成には脱帽です。
楽しみにしていたブログの更新が今年は少なかったことだけが少し残念ではありましたが、ご家族の様々なご事情があった中でただの一度も授業に穴を開けることなく、たったお一人で最後まで愛情と責任をもって教えていただけたことに感謝しかありません。
息子も、先生を信頼し、がむしゃらについていった一年間でした。信頼できる師ができると、人はこうも変われるのかと驚きました。野球部や選抜駅伝の練習も最後まで投げ出さずに、キャラベルと両立して頑張りました。春頃までは手離せなかったスマホも夏前に急に憑き物が落ちたように見向きもしなくなり、結果的には入試の日まで一度も開くことはありませんでした。夏休みに「400時間勉強」を自ら目標に掲げ遂行する姿は、もはや悟りを開いた修行僧のようでした。特に理社を黙々と何往復も繰り返して、そのノートがどんどん積み上げられていました。春から夏の早い時期に、理社の基礎をある程度固めることができたのは本人にとって心強かったようです。
大手塾のように保護者面談が先生の方から設定されるわけではありませんが、親も聞きたいことや不安なことがあれば、電話すればいつも丁寧にお答えいただけました。模試の結果が多少良くても「安心して下さい。受かりますよ。」と、どこかの芸人のような安易な言葉は決していただけません。その代わりに膨大なデータを分析し尽くされた根拠に基づき、将来を見据えた指導をして下さるので、結果的には、すべて先生のおっしゃる通りになりました。
国立高校の合格発表の行き帰り、息子と色んな話をしましたが、息子は「俺、キャラベル入ってほんと良かったわー」と何度も言っていました。また、中学は違えども同じ空間で同じ時を過ごした塾生の皆さんとも、私語厳禁のキャラベルでは言葉を交わすことはなかったけれど同じ高校に行けたら友達になりたいと思う人がいっぱいいると言っていました。
今、過去問を処分していたら、国語の問題文が三色ペンでビッシリ彩られ、色んな記号や矢印が書き込まれていました。かつては問題文に線すら引かない子だったのでいつも問題用紙はまっさら、綺麗なものでした。これを見ただけでも一年間の成長がうかがえます。
今回の都立入試は、グループ作成校で軒並み倍率が下がったり問題傾向の変化はあったものの「少数精鋭の厳しい戦いになった」と先生がおっしゃっていました。
石崎先生という船長のもと安心して乗っていられたキャラベルという船から一人小さな小舟に乗り換えて大海原に出て行く息子ですが、これから国立高校への登下校で毎日聖地西武柳沢を見ることになるので、その度にキャラベルに入ったあの日のことを思い出し、石崎先生のお顔を思い出し、気を引き締めることでしょう。
一年間、本当にありがとうございました。
さて、息子は今何をしているかというと、卒業お楽しみ会で「細かすぎて伝わらない数学の先生の物真似」をオファーされたそうで、練習に余念がありません…。「とりあえず昨日のネタ見せで司会の先生を爆笑させてやったぜ」と満足そうです。本来大阪生まれのこんなキャラなのですが、キャラベルではこれっぽっちもそんな一面を見せることなく終わったそうですね(笑)。本人、「一年間で唯一石崎先生を笑わせられたのは、「愛工大明電出身の有名野球選手は?」の質問をふられ、俺「山崎武司です!」、先生「まさかのそこ行く(笑)?!」のくだりだけだった…。」と悔やんでます(笑)。「俺、石崎先生の真似もできるんだけどなー」とも言っています。→「はい、進学塾キャラベルです。」(超優しいトーンで真似してます)
都立自校作成校、難関私立高校受験「進学塾キャラベル」(西東京市)